陰関数定理と逆関数定理
この文章では陰関数定理と逆関数定理を証明する. この文章では断りのない限り,ノルムの記号は絶対値と同じ記号で表してしまう. またユークリッド空間にはノルムが常に備わっているとするが,特に具体的になんのノルムであるかは断りがない限り明示しない.
1 準備
定義 1.
を行列とする. この時の作用素ノルムを
と定義する. このノルムの良いところは が成り立つところである.
まず有限次元のノルムは全て同値であることを紹介する. 証明は[4]などを参照のこと.
補題 2.
を有限次元実線型空間とする. この時上のノルムは全て同値になる.つまり, そしてとをの上のノルムとするとあるが存在して任意のについて
が成り立つ.
このことから以下で定義する全微分可能性は有限次元空間においてはどのノルムで定義しても同値であることがわかる.
定義 3.
とし,を開集合とする. そしてとする. このときがで 全微分可能 であるとは 線型写像111本来は接空間の間の線型写像と書くべきかもしれないが,解析学だとユークリッド空間とその接空間を同一視する.また線型写像ではなく,行列と言ってもよい.なぜなら有限次元空間の間の線型写像は行列と同一視されるからである. が存在し
が成り立つときにいう. このときは点において 任意の方向に偏微分可能であり,さらに は行列として
と表される. こののことをの導関数であるとか ヤコビ行列だとか呼ぶ. ここで と定義する. そしてこのをこの文章では と表す.
初等的な事実として以下が成り立つ.
定理 4.
とし,を開集合とする. そしてとする. このとき を級ならば は内の任意の点で全微分可能である. またこのとき; は連続写像である.
定義 5.
とし,を開集合とする. そしては級とする. このとき関数 を
と定義する. この関数は連続関数であることに注意しよう. そして 上の 関数を
と定義する.
この定義のもと次が成り立つ.
補題 6.
とし,を開集合とする. そしてを級とする. このとき任意のについて
が成り立つ.
証明.
全微分可能性の定義から明らか. ∎
補題 7 (有限増分の定理).
とし,とする. とする. そしては 上で全微分可能であるとする. このときもしもが任意のについて を満たすならば
が成り立つ.
証明.
今から任意のとについて
| (1) |
が成り立つことを示す. 式 (1) が成り立つような全体を とおく.から がわかるのでは空ではない. そしてとおく. の連続性からである. よって を示すことができれば補題の証明は終わる. 矛盾を導くためにと仮定する.
Case 1. の場合: この場合,の連続性から十分小さい を取ればについて が成り立つ. このときなので
がわかる. つまりであるが,なので に矛盾する.
Case 2. の場合: 関数は上で全微分可能なので 特にで全微分可能である. よって を十分小さくとれば,について
となる. そしてから である.以上を踏まえると
が成り立つ. つまりであるが, ここで なので矛盾する.
以上のいずれの場合分けでも矛盾が導かれたので, である.つまり
が成り立つので, とすれば
が成り立つ. ∎
補題 8.
とし,を開集合とする. そしてを級とする. するとは上で連続である.
証明.
この証明では行列には作用素ノルムを導入して考える. をとる.は定義から上連続であるから このとき となることを示せば良い. そして を任意に与え, の凸な開近傍 を十分小さく取り以下が成り立つようにする.
-
(1)
任意のに対して 任意のについてが成り立つ.
-
(2)
任意のについて が成り立つ.
を任意にとる.ここでと仮定してもよい. そして を
と定義する. このとき
となる.さて
とおくと 補題 7より
である. ここでの取り方のから である.ゆえに
が成り立つのでが連続であることがわかる. ∎
以下の事実を思い出そう. 証明[5]などを参照のこと.
定理 9 (パラメータ付きの不動点定理).
を完備距離空間、を位相空間とし写像 が連続であるとし、と書くことにする。さらに
を充たし(がに依存してないことに注意せよ。)
であるとする。(このときを固定してがについて有界で連続になる。)このとき通常のBanachの不動点定理から存在と唯一性が示される毎のの不動点をと書くことにし、写像とみなしたとき、は連続写像である。
2 陰関数定理
不動点定理(定理9)を用いて陰関数定理を証明する. その前に としてについて のの成分(への射影)を方向, の成分(への射影)を方向と呼ぶことに しよう.そしてに対して
と定義する.が正方行列であることに注意せよ. また,行列として
が成り立つ. これをもとにして に対してを に作用すると
が成り立つ. するとがで全微分可能ならば
となる.
定理 10.
は開集合では点 で
と
と
を満たすとする. この時の開近傍 との開近傍と 連続関数が存在して
と
を満たす. さらにを十分小さくとれば が常に可逆行列になり,は 級で
が成り立つ.
証明.
まず行列を とおく.そして を
とおく. 明らかには連続関数になる. 以下では と書くときもある. さて, に対して
とおく. を十分小さく取り, となるようにする. このときを満たす について
が成り立つ.ここで はの作用素ノルムとする.作用素ノルムでなくても,定数倍がかかるだけなので以下の議論には本質的に関係ない. まとめると,つまりを満たす について
| (2) |
が成り立つ. を任意に与えた時に を十分小さくとれば ならば
となる. ところで,とを十分小さくとれば と を満たすならば が成り立つようにできる(積位相の定義). よってぐらいに十分小さくとれば, と と が成り立つならば
となる. さらには連続なのでを十分小さくとれば がを満たすとき
が成り立つ. よってとおけば と が とと が成り立つならば
と
が成り立つ. , , とおく. 必要ならとを十分小さく取り
が成り立つとしてもよい. の定義域を制限して
とする. から が成り立つことと の取り方から
なのでであり,は
とみなせる. さて,はコンパクトであるから, 有界で完備な距離空間なのでパラメーター付きのバナッハの不動点定理(定理 9)の仮定を満たすので, 連続関数で
を満たすものが存在することがわかる.
なので
である. さらに
の計算から であるから はとみなせて,このような関数は上唯一存在する. 不動点の唯一性からもわかる. これで定理の前半が示された.
後半の微分可能性について調べよう. 集合 は開集合 なのでとを小さくとれば が可逆になることがわかる. さて, を任意に与え, とおき,
とおく. であり,また はもちろんで全微分可能であるから 任意のについて
| (3) |
となり,また
| (4) |
が成り立つ. さてここで,後出しだが, 上のノルムは, とのノルムから誘導されるノルムであるとする. すなわちということである. 他のノルムでもどうせ同値なのであるが,簡単なのでこのように定めておくことにする.またとのノルムは別になんでも構わない. 式 (3)とからを十分小さくとれば, がとを満たすならば
| (5) |
である. 式 (3)においてとおき変形すると
| (6) |
であり 式 (5)から,を十分小さくとれば を満たすについて
| (7) |
が成り立つ. そして 式 (6)からを十分小さくとれば を満たすについて
なので,整理すると, を満たすについて
| (8) |
となる.ここで である. ノルムの定義と式 (8) からを満たすについて
が成り立つ.これを用いると
となる. ゆえに 式 (6)から
が成り立つ.これはがにおいて全微分可能であり,
であることを意味している. これで証明が終わる. ∎
注意.
以上の証明において重要なのはの定義であるが,このようにおくのが少し不明である.ただ,ののおける方向の微分はになるので,どんな小さいリプシッツ係数でもの近くでリプシッツ条件を満たすようなるし, にもなるので,このように定義したい気持ちを慮ることができる.
3 逆関数定理
陰関数定理を用いると逆関数定理が比較的簡単に証明できる. 実は逆関数定理を認めて用いれば陰関数定理も比較的簡単に証明できる.
補題 11.
とし, は開集合とする. そしては級関数とし, で,は可逆であるとする. このときの開近傍が存在し, 上では単射になる.
証明.
の開近傍を十分小さく取り,以下が成り立つようにする.
-
(1)
任意のについてである.
-
(2)
が存在して任意のについて が成り立つ.
-
(3)
として 任意のについて が成り立つ.(これは補題 8からが連続であることとから可能である)
背理法で証明する.が上で単射ではないと仮定する. すると,が存在して と を満たす. とおく. このとき
となるのでから なので
が成り立つ.つまり
なので矛盾する. よっては上で単射である. ∎
定理 12.
とし, は開集合とする. そしては級関数とし, で,は可逆であるとする. このとき,の開近傍 との開近傍 が存在しては 級微分同相である.つまり級関数での逆関数になるものが存在する. そしての微分に関して
が成り立つ.
証明.
補題 11を用いて の開近傍を十分小さく取り, 上では単射であるようにする. そして を と定義すると, で なのでは可逆である. ゆえに 陰関数定理より の開近傍 との開近傍 と 級関数が存在して とが成り立つ. つまり任意のについて である. これはが全射であることを意味する. 証明の始まりでの定義域を単射になるように小さくしたことを踏まえるとは全単射である.よって (連続かどうかはわからないけれど)逆写像が存在する. このとき任意のについて なので なので,がの逆写像であることがわかる. の微分について合成の微分公式からわかる. ∎
注意.
陰関数定理と逆関数定理は適切に全微分を定義すればバナッハ空間に値をとる関数についても成り立つ.無限次元だとノルムの同値性など成り立たなくなるが,この文章の証明でノルムを恣意的に選んでいるのは直積にノルムを採用している部分と の連続性を証明するときに作用素ノルムを使っている部分 なので,ほぼそのままの証明が適用できると思われる.
4 応用
定理 13 (開写像定理).
とする. を開集合とし は級写像で点 において とする. このときはの内点となる.
証明.
次行列と 次行列 を用いて と 表すことにする. 適当にの座標の順番を並べ替えて が可逆行列であるとしてもよい. を と定義する. このとき
となる. いま,が可逆行列なので は可逆になる. よってに逆関数定理を適応できて, の開近傍と の近傍が存在して は同相写像になる. 開集合と を がの開近傍となり, となるようにとれば,の定義から となる.この式から なのではの内点であることがわかる. ∎
命題 14 (沈め込み型の局所表示).
とする. を開集合とし は級写像で点 において とする. 写像 はへの射影とする. このとき点の開近傍と 開集合 そして同相写像が存在して となる.
証明.
を座標の番号の入れ替えとして,次の条件を満たすものとする.
-
(1)
とおいたときに 次行列と 次行列 を用いて と 表すときに が可逆行列である.
線形代数の行列の階数の理論からこのような は存在する. そして を と定義する. このとき
となる. いま,が可逆行列なので は可逆になる. よってに逆関数定理を適応できて, の開近傍と の開近傍 が存在して が同相写像になる. そしてと定義すると なので となるから とおけば定理は証明される. ∎
命題 15 (埋め込み型の局所表示).
とする. を開集合とし は級写像で点 において とする. 写像 はで定義される埋め込みであるとする. このときの開近傍と開集合と 同相写像が存在して, 上で が成り立つ.
証明.
を座標の番号の入れ替えとして,次の条件を満たすものとする.
-
(1)
とおいたときに 次行列と 次行列 を用いて
と 表すときに が可逆行列である.
線形代数の行列の階数の理論からこのような は存在する. そして を と定義する.
である. このときの可逆性から も可逆になるので逆写像定理より の十分小さい開近傍 と の十分小さい開近傍 をとればは同相写像になる. そしてと定義すると, なので定理は成り立つ. ∎
References
- [1] ユルゲン・ヨスト著, 小谷元子訳, ポストモダン解析学, シュプリンガー・フェアラーク東京, 2000.
- [2] 松本幸夫, 多様体の基礎, 東京大学出版会, 1988.
- [3] 杉浦光夫, 解析入門II, 東京大学出版会, 1985.
-
[4]
はてなブログ「電波通信」の記事「有限次元ベクトル空間のノルムは全部同値」
https://concious4410.hatenablog.com/entry/2015/10/22/170022 -
[5]
はてなブログ「電波通信」の記事「バナッハの不動点定理」
https://concious4410.hatenablog.com/entry/2015/10/27/162651 - [6] H. Cartan, Cours de Calcul Différentiel, Hermann, 1967.
- [7] J. Dieudonné, Foundation of modern analysis, Academic Press, 1960.